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「女性の肥満と生活習慣病」

    山之内糖尿病予防研究所クリニカルデスク

                   山之内国男 

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目次

はじめに

1.女性肥満の特異性(男性との違い)

2.女性が肥満となる社会的要因

3.治療の対象である肥満症の診断

4.肥満症(内臓脂肪型肥満)の治療

おわりに

女性総合診療マニュアル ー女性外来の実践から

編者 労働者健康福祉機構 保健文化社

「女性の肥満と生活習慣病」p 167-174  2010.11

女性の肥満と生活習慣病

 

この度、中部労災病院女性総合外来を担当してみえる上條美樹子先生からのご依頼で上記テーマにて執筆させて頂くことになりました。近年、女性外来の患者数が日々増大していることから、「女性外来を開設運営するためには何が必要で、女性外来でよく見かける主訴・疾患についての検査や治療のすすめかたなどを理解する」ことを目的とし『女性総合外来診療の構築をめざしてー女性外来運営の手引』(仮題)という書物出版が労働者健康福祉機構から企画されたと言うことです。私は医大では(7年前に退職)肥満、糖尿病の運動療法が主たる研究テーマでした。その頃は、肥満学会での編集委員として肥満・肥満症の指導マニュアル<第2版>(肥満の予防とセルフケア、食事・運動療法のすすめ方)を担当させて頂いたことなどもあり、それ故に 今回のテーマを頂いたのではと思います。 今回は『女性の、、』という限定されたものなのでややとまどいましたが、調べてみると確かに男性と女性では肥満の成り立ち方、ホルモンバランス、社会的状況、治療の反応、食べ物へのこだわり、など色々違いのあることにはっとさせられました。当時はあまり重要視せず男女おかまいなく運動の効果を検討していたからです。今回は肥満学会の治療マニュアルから「女性の肥満」の部分も参考にさせて頂き、原稿をまとめました。平22年4月刊行予定ということで、〆切3月末。この2週間まずは原稿書きを最優先してがんばりました。間に合ってほっとしています。よろしくお願いします。

はじめに

 肥満と生活習慣病は密接な関連がある。特に内臓脂肪型肥満はそこから放出されるアディポサイトカインの上昇、あるいは抗動脈硬化作用を持つアディポネクチンの減少などを介して、生活習慣病を引き起こす。このような脂肪細胞の質的異常に基づく健康障害は女性だけの問題ではないが、女性には他に、内分泌的にも、社会的にも、男性とは異なる肥満形成の機序が存在する。ここでは、女性の肥満の特性を明確にし、女性の肥満と生活習慣病との関連およびこのような内臓脂肪型肥満の治療をどのように成功させればよいかについて言及する。

 

1. 女性肥満の特異性(男性との違い)

 女性において、年齢とともに体重や体脂肪率が変化するのは生理学的な変化として当然の結果とも言える。 思春期以降いかなる年齢においても女性は男性よりも体脂肪率が高くなる。 思春期には大腿や臀部に脂肪が沈着するが、加齢とともに上半身につきやすい傾向がある。女性特有の丸みのある体型は、脂肪の沈着によるもので、体脂肪量が一定の割合に達しないと初潮の発現もない。その後、卵巣が正常に機能するためにも一定の脂肪量が必要である。出産には、ある程度の脂肪蓄積が必要であり、体脂肪が少なすぎると女性ホルモンの働きが鈍くなり、骨折しやすくなる。 従って、女性のある時期の体脂肪の増加は生理学的なものであり病的肥満とは異なる。近年の若い女性のスリム指向は健康上の基準からみると好ましくないやせ過ぎの範疇に入り、将来種々の栄養学的問題を残すことになる。しかしながら加齢にともなうホルモン環境の変化とともに大腿下腿などの下肢の脂肪が減少し、内臓脂肪が緩徐に、閉経後は急速に増加する。このような内臓脂肪型肥満は明らかに生活習慣病と関連するので治療の対象となる。

 

2. 女性が肥満となる社会的要因 

 上述した女性ホルモンに関連した生理的肥満以外の病的(内臓脂肪型)肥満の原因を考えてみる。生涯を通した女性の肥満の契機を調査した成績をみると、妊娠、分娩が最も多く24%、更年期閉経期は8%であり1)肥満形成には母性肥満の影響が大きい事がわかる。 また、主婦の肥満を調査した成績(表12からも、ホルモン環境以外に社会的環境要因の種々の影響をうけて肥満が形成されることが理解できる。過食や運動不足が原因で生ずる肥満は男女とも内臓脂肪の蓄積となって現れる。女性の更年期以前にすでにこのような病的肥満の形成される社会的要因が存在することは注目に値する。もちろん更年期閉経期に形成される肥満は主としてエネルギーの必要量が減少する為の相対的過食による内臓脂肪蓄積と考えられるが、以後体重が著明に増加していく時期ではなくほとんどは静止期である。ただ、心肺能力の低下、骨関節系の障害などで身体活動性が低下するため減量は比較的困難となる。

 

 

3. 治療の対象である肥満症の診断

 肥満治療を検討する前に肥満の程度、本当に治療対象となる病的肥満(肥満症)であるかを検討する必要がある。上述した女性特有のホルモン環境による体脂肪の増加による肥満は病的肥満ではない。稀ではあるが他の疾患の随伴症状である二次性(症候性)肥満があることは念頭に入れておく。大抵は多彩な症状で診断されるが、視床下部性肥満(間脳腫瘍、empty sella 症候群など)は決め手に欠く場合が多い。総合的に判断することになる。また、 内臓脂肪ではなく脂肪細胞の量的異常で関節疾患、睡眠時無呼吸症候群(男性に多い)、月経異常等を来す場合も肥満症として治療の対象となる。ここでの治療対象となる生活習慣病と関連した内臓脂肪型肥満の具体的な判定手順を図1に示す 3)

 

 

4. 肥満症(内臓脂肪型肥満)の治療

 内臓脂肪型肥満の治療目標は体重やウエスト周囲径の5%を目安に減量目標を設定する。大体はじめの3〜6ヶ月で3〜5kg、さらに次の3ヶ月で2〜3kgの減量となる。これをくり返して減量を達成する。最終目標は代謝異常の改善、検査値などの改善である。そのためには食事療法と運動療法の組み合わせが重要であり、減量成功とリバウンドを防ぐ為に行動療法が欠かせない。

a. 食事療法

 肥満症治療食は200kcal刻みの5段階に分類され1800‾1000kcal/日があり、それぞれ肥満症治療食18、16、14、12、10と呼ぶ。それに600kcal以下/日の超低エネルギー食(very low calorie diet:VLCD)があるが、これは入院が必要でありリバウンドが避けられないので、量的異常で迅速にかつ大幅な減量を必要とするとき以外は基本的には用いない。肥満症治療食を選択する為にはまず一日摂取エネルギー量を求める。30> BMI ≧ 25であれば、理想体重×25kcalで、理想体重(kg)は身長(m)×身長(m)×22(量的異常では20)で算出する。四捨五入して上述した肥満症治療食を選択することになるが、最終的には個人の生活行動パターンにより総合的に決定する。他の疾患を合併している場合はそれぞれの疾患にあった食事療法を併用するが基本は摂取エネルギーの制限となる。

a. 運動療法

 運動療法の基本は食事による摂取エネルギー量の制限の上で成り立つ。潜在する合併症を見逃さない為にまずメディカルチェックをうけることが大切である。内臓脂肪の減少には全身を使う有酸素運動(歩行、ジョギング、水泳、自転車など)が有効な手段となる。また、筋力をつけ足腰を鍛えバランスを保ったり、基礎代謝を増やし肥りにくい体質を維持するには筋力トレーニング(レジスタンンス運動)を併用する。肥満者の具体的な運動実施法を図2 4) に示す。また肥満者においては、急に強い運動を開始すると、膝、足首などの関節を痛めやすい。徐々に運動量や強度を増やすようにし、関節周囲の筋力強化やストレッチング運動を指導し、自転車や水中歩行など重力の荷重を緩和する運動、足にあったシューズの使用、土の上での歩行など関節に負担をかけない工夫をする必要がある。

 

 

 

C.行動療法5) 6) 

 行動療法とは日常生活の中で肥満となる要因や行動を明らかにし、食事運動等の減量治療を補助しリバウンドを防止し減量を長期にわたって維持することを目的に開発されてきた治療法である。その治療の流れは1.問題となる行動抽出(例:果物やお菓子が目の前にあるとつい手が出てしまう)2.問題行動の修復(例:果物お菓子等を身近に置かないようにする)3.適正行動の持続(例:出来たらほめる)4.問題点の改善克服 となる。

 

 1. 問題となる行動抽出

  1)「ずれ」と「くせ」の把握

 「ずれ」の例として患者に「水を飲んでも肥る」と言う認識があるが、実際食事記録をつけると結構食べていることに気づく。また「くせ」の例として、「食後でも好きなものなら食べれる」というような肥満を解消できない習慣的な行為がある。このような「くせ」はあまり噛まないとか早食いなどで助長される食事摂取量の増大、夜食症候群に代表されるかため食い、腹が減ってもいないのに食べる、イライラ解消や付き合いで食べる、残飯食いなどの代理摂食などがある。

  2)食行動質問表(表2)の活用

 食行動質問表を患者に記入してもらい、図3の様にダイアグラムに図形化する。図形の形から食行動の内容を客観的に評価できる。同時に治療の方向問題点を明確にすることができる。

 

 2.問題行動の修復 (治療)

  実際の治療では食事療法・運動療法と併用して以下の技法を用いると効果的である。

 1)グラフ化体重日記(図4

  体重をグラフに記入しパターンとして視覚的に認識する手法である。一日4回測定する。起床直後はその日の基礎体重、朝食直後や夕食直後の体重は食事量や間食、就寝直前は夜間摂食の有無をチェックするのに役立つ。グラフの横軸に努力目標の体重を太線で入れておく。現体重の2〜3kg減とする。食行動異常が頻発する患者の波形はでこぼこで「きたなく」その修復に成功したあとでは規則的なゆっくり下方を向く「きれいな」波形に変化する。

 2)その他の方法

  食事の規則性(回数、場所、時間を限定)を守る、間食の禁止(間食は食後のみ年次第に禁止)、間食対象の食品の追放(お菓子を置かない)、ながら食いの禁止、咀嚼法(一口30回、正確に測定) などが有効である。

 

 

 

 

 3.適正行動の持続(継続)

  1)報酬

 報酬には励まし、賞賛、得点方式、患者の希望行動許可など各人に応じた工夫が必要である。それにより患者のやる気が起こり、自分で新たな問題点をみつけそれを解決する方向に向けることができる。

  2)集団療法

 相互扶助、連帯感や適度な競争心が治療脱落を防止する。また望ましい行動の強化をいっそう助ける役割を持つ。

  3)家族や友人などの環境

 家族の患者への態度やことばかけは多大な影響を及ぼすので治療の場に参加させることも有効である。

 

 4.行動療法の評価

 行動療法の評価としては減量の程度・速度、検査値の他に表3に示す内容がある。 行動療法はすべての患者に必要ではない。必要とする患者はリバウンドの経験がある患者や表3の項目がうまくいかない患者である。

 

 

 

 

おわりに

 女性の肥満の特徴と生活習慣病との関連及び脂肪細胞の質的異常すなわち内臓脂肪型肥満の治療について解説した。治療法として食事、運動、行動療法があるが基本的なすすめ方に男女差はない。しかしながら実際の臨床では女性の方が減量し難しく、リバウンドを起こし易い印象がある。本文で述べたように女性特有の肥満の原因に母性肥満の占める割合が多いこと、また女性同士のランチタイム、会食やおしゃべりでのお菓子や間食もその要因となっているのではないだろうか。近代化が進む環境の下、今後も飽食の時代が続くと思われる。それ故に肥満と関連した生活習慣病の予防治療には食事・運動療法に加えて行動療法も重要な役割を果たすと思われる。

 

参考文献

1)加来道隆、守憲正、宮川勇生:女性肥満症の性機能障害と脂肪組織。産婦人科の実際18:212 1969

2)佐々木温子:女性と肥満 85(6)1994

3)日本肥満学会編:肥満症治療ガイドライン ダイジェスト版 協和企画 2007

4)山之内国男:肥満者のための運動処方.綜合臨牀. 2;50:373-374 2001

5)日本肥満学会編集委員会 :肥満・肥満症の指導マニュアル第2版 医歯薬出版 2001

6)坂田利家編:肥満症治療マニ ュアル 医歯薬出版 17-3 1996 

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