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2015.7.15 愛知県病院薬剤師講演会 講演記録

高齢者に優しい糖尿病治療

 

山之内糖尿病予防研究所クリニカルデスク 山之内国男

 

 

 

1.経口血糖降下薬 3本柱

 現在、主要経口血糖降下薬の3本柱となっているのは、DPP-4阻害薬・SU薬・BG薬である。効果の特徴としては、DPP-4阻害薬は食後高血糖の是正、SU薬は空腹時血糖降下作用である。BG薬は異なる機序で両者の作用を併せ持ち第一選択薬ともなるが、きわめて有効な併用薬にもなり得る。

 最近の統計では糖尿病患者の6~7割はDPP-4阻害薬を服用している。DPP-4阻害薬はインクレチンの分解酵素(DPP-4)を阻害する。血糖依存的にインスリン分泌を促進するインクレチンの作用を増強するため、この薬単独では低血糖を起こさない。又、グルカゴン抑制による空腹時血糖降下作用も併せ持つことから高齢者の第一選択薬として最も使いやすい。

 一方、SU薬は基礎インスリン分泌を促進し、空腹時高血糖の正常化に働くが、空腹時の低血糖には注意が必要である。

 DPP-4阻害薬の問題点とはインクレチンの膵外作用である胃の排出抑制がある。私の糖尿病外来1年間でのこの薬(490例使用中)の副作用は37例に認められ、便秘19例、むかむか膨満感9例、皮診5例、かゆみ3例、むくみ1例、下痢1例であった。

 BG薬は糖新生を抑制し空腹時血糖上昇を抑制し、かつインクレチンの分泌を促進するため併用によりDPP-4阻害薬の作用を増強する。BG薬の問題点は稀に乳酸アシドーシスを起こすことである。特に腎機能低下がある場合にはその程度により投与量減又は中止とする。

 

2.高齢社会への対応

 主要国65歳以上の人口比率は年々増加している。我が国では2010年には23%であったものの、2050年には39.6%まで増加していくと推測される。私の糖尿病外来(約1100名)における年齢構成は、201112月時点で65歳以上の高齢者は63%であった。そして高齢糖尿病患者は現在もさらに増大していく傾向にある。

 高齢者に優しい治療をしていく中での問題点1)は、SU薬における低血糖とBGにおける乳酸アシドーシスであろう。前者はできるだけSU薬を減らす、もしくは中止する。後者は、腎機能の正しい評価での慎重投与である。問題点2)は高齢者の特徴である認知症、独居、動作不自由、ロコモティブシンドロームなどであろう。薬・インスリンの扱いはそれらの病状進展とともに徐々に困難になっていく。従って、今後低血糖を起こしにくい治療の組み合わせとしてSU薬からDPP-4阻害薬への切り替え、又、インスリン治療中の高齢者に欠かせない介護者の協力を得るためには血糖コントロールは厳格でなくても、いつでもうてる持効型インスリン+低血糖を起こしにくい食後高血糖を是正するDPP-4阻害薬の組み合わせといったDPP-4阻害薬をうまく組み入れた治療法を検討することも有用であろう。

 私の外来で2010年〜2012年の2年間での治療経過から“高齢者においてDPP-4阻害薬でSU薬をどこまで減らせたか”について検討した。65歳以上36人の患者の2年間の追跡でHbA1cは平均8.0から投与開始から3ヶ月後には平均7.2に有意に改善しSU薬使用量は約半分に減らすことができた。又、外来全体(980名)での各薬剤の使用頻度の推移を見てみると2012年はSU薬31%、DPP-4阻害薬35%、BG薬30%となっていたが、2015年はSU23%DPP-4阻害薬40%、BG薬32%とやはりSU薬の減少が顕著であった。

 

小括:

 糖尿病における薬物治療の基本的骨格はそれぞれの作用の面からDPP-4阻害薬、BG薬、SU薬の3本柱であるが、高齢者が増えるに従って年々SU薬の処方数が減少し、DPP-4阻害薬が主流となってきている。又、グリニド(SU薬とは併用不可)、α-GI、ピオグリタゾンなどは個々の症例に応じて必要な場合に追加併用されるといった位置付けにあろう。

 

追加:

 さらに近年高齢医療で問題となっているのは“残薬”である。実際に、潜在的な飲み忘れ等の年間薬剤費の粗推計は年間475億円と非常に大きな問題となっている。服用時刻が患者のコンプライアンスに及ぼす影響をみてみると、50歳以上の患者では他の時刻に比べて昼の「飲み忘れ率」が顕著に高い特徴があった。また、服薬コンプライアンスは1日3回のものが最も悪く、次に12回、1日1回と服薬回数は少ないほどコンプライアンスがよいという結果であった。こうした問題を解決するための高齢者の服薬アドヒアランス向上のポイントとしては、処方剤数や服薬回数をできるだけ減らすことが推奨される。

 

3.高齢者に於けるSGLT2阻害薬について

 SGLT2阻害薬は1剤目が発売されてから1年が経つものの、予想外の副作用が頻発し、高齢者には脱水・梗塞の危険も高い。実際に発売後すぐに適正使用に関するRecommendationが策定された(2014613日)。その2ヵ月後にはさらに厳しく改定されている(2014年8月29日)。の内容は、インスリン分泌促進薬(SU薬)やインスリンとの併用による低血糖、脱水防止、発熱・下痢・嘔吐(シックデイ)の対応、本剤投与後の薬疹を疑わせる紅斑などの皮膚症状、尿路感染・性器感染への注意喚起である。原則として本剤は2剤程度までの併用が推奨され、高齢者への投与に関しては十分な理由がある場合のみと忠告している。

 

最後に

厚生労働省調べの高齢者の要支援・要介護となった主な原因の第1位は脳血管障害、2位はロコモティブシンドローム、3位は認知症となっている。高齢者の糖尿病治療で大切なことは、まずは食事運動療法などでメタボ・動脈硬化を予防し、レジスタンス運動などで下肢筋力を保持し転倒などによる寝たきりを防止、認知症予防のためには低血糖を避け、できるだけ快適な生活ができることを第一目標にすることであろう。

国男 2015.9